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2007/04/15

為替”に全く関係ない”物語・15日――「薪能」。

 昨日は夜になっても比較的暖かさを感じ、春らしい雰囲気がありました。このところ「花冷え」というのか「寒の戻り」(今は晩春ではないので適当な用法ではありませんが)といいますか、なかなかはっきりしない気候だったのが、ようやく夏への方向性が定まってきたようにも感じられます。
 もっとも、私の故郷ではまだ桜も先の話ではございますが。

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 暖かくなってくると野外でのイベントも増えてまいります。例えば、古典芸能であれば、薪をたいて開かれる夜の能「薪能」。もともとは奈良かどこかの神事だったようですが、今では多くの寺社で開催されています。
 私も何度か足を運びました。中でも成田山新勝寺での5月薪能(今年は屋内開催)が身近な存在です。成田山は歌舞伎の成田屋(市川宗家:市川団十郎、市川海老蔵など)との結びつきの強さで知られますが、薪能も実に盛大に開かれます。観世流梅若六郎師を中心にメンバーも演目も豪華。
 夢幻(下世話に言えばうとうとしながら夢とうつつを行ったり来たりする状態)の世界を楽しめるでしょう。

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 私にとって、薪能、という言葉には物悲しい響きもあります。その底流にあるのが小説家・立原正秋の代表作の一つである「薪能」(新潮文庫など)。鎌倉の旧家での従兄妹同士の許されぬ愛と死、というメロドラマで話自体は単純ですが、モチーフには戦後、変容しつつあった日本の伝統文化の変容に対する戸惑いと怒り、滅び行くものへの愛惜とともに「滅びの美学」を追い求めた人間の強い執念がある。
 日本の伝統文化に対する作者のこだわりと追い込み方のすさまじさに圧倒されるばかりでした。
 立原氏のこの執念にはご自身の複雑な出自があります。高井有一の「立原正秋」(新潮文庫)などに詳しいですが、日本にここまでこだわりを持っているのに、はっきりと言える環境になかった――。民族問題の根深さ、罪深さ、影が彼の作品の中に投影されたのでしょう。
 全く環境は異なりますが、滅びの美学という意味では太宰治との類似点を指摘する人もいます。

 ちなみに太宰氏、私の母校である青森県立青森高等学校(青高)の大先輩に当たります。青高OBとしては作家の寺山修司、写真家の沢田教一(ベトナム戦争のさなか、「安全への逃避」を撮影してピューリッツァー賞を受賞、カンボジアでの撮影中に死亡)とともに私が敬意を表している人物。
(さらに話を広げると、私は金融市場で債券や金など安全資産への移動という意味で使われる「質への逃避」という言葉を好みません。沢田氏の命がけの大作である「安全への逃避」に比べると軽く感じられてしまうからです。)

 私にも同じ遺伝子が入っているのかもしれません。

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コメント

こんにちは
よい休日をお過ごしでいらっしゃいましょうか。
コメント欄の最初に書くのは、勇気がいりますね。・・・と言いながら、思わず書いてしまいますm(_ _)m

薪能はいいですねぇ。といっても、私も大阪城や都下で何度か見たことがあるだけですが。そうそう、映画では「博士の愛した数式」に原作にはない薪能のシーンがあります。映画の出来としては私は原作に遠く及ばないと思っていますが、このシーンは短いながら秀逸。いったい誰が演じているのかとエンドロールに目を凝らしたら、観世銕之丞氏でした。演目は「江口」だそうです。

立原正秋は大好きな作家というわけではありませんでしたが、何作かは読んでいます。いつも着流しで文芸誌の口絵に出ていらっしゃった方という印象があり、一方で出自も存じています。その複雑な思いは、理解できると容易に言ってはいけないもののように思いますが、少しはその哀しさもわかるような気がします。

青森のご出身とお書きになっていらっしゃったとき、私が一番に思い浮かべたのは、津島修治=太宰治でした。それはもうなんとも好きな作家です。そして、寺山修司。いいっすねぇ・・・。その過激さが、カッコイイ。
寺山も含めて、おっしゃっている「滅びの美学」に通じるような内に秘めたものを、私も強く感じます。
写真家の沢田教一氏のことは詳しく存じませんでしたが、なんとも素晴しい先輩に恵まれていらっしゃる。

敷衍されたカッコ内の言葉は、双方に疎い私、文脈で読みとるのがようやっとだったのが残念かつお恥ずかしいことであります。

わっ、また、長くなってしまいましたm(_ _)m

投稿: もぐらん | 2007/04/15 15:29

見れば月こそ桶にあれ

これにも月の入りたるや

嬉しやこれも月あり

月は一つ

影は二つ

満つ潮の、夜の車に月を乗せて
憂しとも思はぬ汐路かなや


私の好きな能の一節ですw
この感性に、ただ溜息。

日本語ってなんて美しいんだろう
と思ってしまいます。

投稿: 北キツネ | 2007/04/15 16:42

いいですよねぇ。

投稿: kon | 2007/04/15 21:05

「安全への逃避」は強烈ですね
生涯忘れられません

投稿: n | 2007/04/15 23:34

こんさま、こんばんは。

寺山修司、この人には、もっとながく生きていてほしかった。1999年に人類は滅亡もせず、twin tower の崩れ落ちる映像をみて、ディープインパクトの天才的な走りっぷりをみて、ボソッと、何かつぶやいてほしかった。あの、シャイで饒舌な独特の口調で・・・。

ふと、そんなことをおもいました。

投稿: kippo | 2007/04/16 01:54

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